会場でこの2台を見つけた瞬間、もちろん足が止まります。
MS110型クラウン、GS121型クラウン。
世代は違えど、どちらも“いつかはクラウン”という言葉が生きていた時代の空気を色濃く残す存在です。今回は、この2台をきっかけに、クラウンというクルマが日本で果たしてきた役割と進化を振り返ってみます。
クラウンという存在|国産高級車の原点
クラウンは1955年に初代が登場し、日本初の本格国産乗用車としてスタートしました。
「社長車」「公用車」「タクシー」「個人オーナー車」まで幅広く使われ、日本のモータリゼーションとともに歩んできた特別な車種です。
高度経済成長期には、
「家を建てる」「マイカーを買う」「いつかはクラウンに乗る」
そんな人生の節目を象徴する存在でもありました。
MS110クラウン|角張った威厳の時代
今回参加いただいたMS110型は、1970年代後半〜80年代初頭のクラウン。
通称、鬼クラ。
直線基調のデザインは、まさに“威風堂々”という言葉が似合います。
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クロームメッキのグリル
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直線的なボディライン
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大きなボディサイズ
当時のクラウンは「速さ」よりも「格」「乗り心地」「静粛性」を重視した設計。
企業の役員車やハイヤー用途にも多く使われ、社会的ステータスを象徴する存在でした。
GS121クラウン|スポーティ路線への転換点
一方、クリスタル・ピラーが美しいGS121型は1980年代後半のモデル。
この世代からクラウンは少しずつ“走り”にも重心を移していきます。
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エアロパーツの設定
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低めの車高
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若年層ユーザーも意識したデザイン
「高級だけど、運転して楽しい」
そんな方向性が明確になった世代でもあります。
この流れが、後のアスリート系グレードへと繋がっていくわけです。
「いつかはクラウン」というキャッチコピーの重み
120系クラウンで有名になった「いつかはクラウン」という言葉。
単なる広告コピーではなく、日本人の価値観そのものを映した言葉でした。
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頑張って働いた先に手に入れるクルマ
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家族を乗せる安心感
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社会的信用の象徴
MS110とGS121は、まさにこの価値観が最も強かった時代を走っていた実車です。
イベント会場で見た“今のクラウンの価値”
今、こうして歴史あるクラウンがイベント会場に並び、多くの人に囲まれている光景を見ると、
「高級車」から「文化遺産」へと役割が変わってきていることを感じます。
静かに佇むボディ、丁寧に維持された内装、当時のままの雰囲気。
どちらの個体も、オーナーの愛情が伝わってくる一台でした。
まとめ
MS110とGS121。
2台を並べて見ることで、クラウンが「威厳の時代」から「走りと高級の両立」へと進化してきた流れがよく分かります。
時代が変わっても、
「クラウンは特別な存在」
その価値は、今も確かに受け継がれていると感じました。
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@kuruma_biyori_pro
文:カゲノヒト3
※記事に誤りや、このクルマにはこれを言わないとダメでしょ!
というご意見等ございましたら教えてください!



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